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いじめ自殺について感じた事
ばんは

オイラです

生きてます

。。

最近・・

というかここ何年かずっといじめで自殺したとかニュースが目に入ってくる

決まって

教員のバックアップが不十分だったとか。。

報告は受けていないとか・・

責任転嫁する糞教師

見て見ぬふりしているのはアホでもわかる

責任転換

社会的立場だけの発言・・

反吐が出る・・

・・・・

・・・・


いじめ・・


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一部の熱血先生・・今はいるのか。。

私はそんな素晴らしい先生に運よく出会えたが

絶滅寸前だと感じる

・・・

・・・


私はいじめられっ子だった

今の時代と違うのはSNSで陰険に叩く・・

そういう手法がないくらいだろうか

中学くらいの時2年近くいじめにあっていた

当時のいじめは完全な武力行使・・今と同じで強烈な陰険な事・・・

なぜ人はいじめに参加するか・・

集団で・・

人はどんな奴でも自分より下のやつを作り

自分より上のやつに媚を売り

自分の安全地帯を作りたがる

それは糞社会と同じ

下手な正義感でそれに歯向かえばのされる・・

いじめも今の社会構造も皮肉にも似ている

当時私が食らっていたいじめは

オールラウンドだ・・

朝学校に行くと

机がトイレに投げつけられていて

朝一の行動はそれを移動さすことだった

上履きは4束買った所で毎日持ち歩くようにした

靴箱に入れてたら絶対なかった

弁当だったんだが体育とかの時間から帰るとごみ箱に捨てられていた

当時携帯なんかなくて

家にいたずら電話も大量にあった

それが日常だった

・・

クラスの誰も口をきいてくれないのがデフォでそれも慣れてきた

ずっとうつ状態で中学生の時は白髪だらけになっていた

基本、体育とか、音楽とか、別室に移動する授業は拷問で

縦笛とかを便器に突っ込まれたりしていた

クラスの女子からもからかわれた

酷い時には昼休憩の時、数人でトイレに呼び出され

うん○こを食えと便器に顔を突っ込まれたこともあった

当然ながら反抗すると

顎先を殴られ脳震盪になって教室まで帰れないくらいふらふらした

書いていて感じるが・・よく耐えてたなって・・

当然・・

学校に行くのが嫌で

朝・・登校するふりをして

近所の山に行き

時間つぶしして誰も家にいない時間に帰ったことがたくさんあった

友達もその圧力に屈した奴がほとんどで

誰もいない所で話してくれる友人が2人いただけだった

それも公の場では(学校)話すと私と同じ目をくらうので、他と同じよう私をいじめていた

でもそれでも、遠回しに私をかばってくれていた事は今でも覚えている

いじめにあって

1年くらいたっただろうか

先生も当然知っている

相談もしなかったが

親にも誰にも言わなかった

思春期心に言っても無駄だと感じていた

先生になんか言ったら余計いじめが酷くなる

それしかなかった

今でもこんなおさ~んになってもその時の独特の気持ちは覚えているし

高校生の中盤くらいまで夢に出てきたくらいだった

それくらいいじめは心の傷になる


・・・

・・・


ある日の技術の授業だった

その日は

彫刻で自分の好きなデザインのものを自由に彫る授業だった

何を作っていたかは忘れたがとりあえず板的なものを彫っていた

私はかわいがっていた野良猫を想像しながら掘っていた

出来上がったばかりの作品?を

クラスにいたいじめ番長が

何かを挟む器具、万力?だったか

それに挟んでへし折ってしまった

私は心身ともに限界で

その日の感情は狂っていた

声にならない罵声をそいつに浴びせた

当然そいつは

怒り

私に口答えされた事が意外だったのか・・キョトンとした顔をして

それと同時に私に口答えされた事が周りの目に恥ずかしくうつったのだろう・・

今まで以上に強烈に私に接近してきた

私は間髪入れず全身全霊を込めて殴りかかっていた

いまいち覚えていない・・

足がひりひりする

訳も分からず見ると体操服が破れてそこに彫刻刀が刺さっている

太ももから血が出ている

刺しやがった

私は興奮状態で

その時にはもう先生がそいつを取り押さえ

私は

一人で壁の隅に横たわっていた

・・

数十秒後

私は近くの棚にあった

ツボ?か何かの土器で

先生に取り押さえられてるそいつの頭めがけて全力で叩きつけた

・・

・・

長い間の怒りをその瞬間すべてぶちまけた

人生で初めて完全に切れた瞬間だった

後ろから卑怯?

卑怯なのは

群れで私をいじめたやつらと見て見ぬふりをしている世間知らずの教師だ

あまり覚えていないが

ここから数人の先生が来て

騒ぎになった

・・・

心ここにあらずだった

私は親を呼ばれ

警察官?だったか。。

校長室でひたすら尋問?をうけた

その後

児童相談所にもいった

すべて嘘偽りなく今まであったことを話した

今となっては幸いだが私は5針縫うケガでそいつも数針縫うけがで済んだ

月の半分は学校に行かなくて取り調べ的なことを受けた

その時でも学校に行かなくていいなら幸せだと感じていた

・・

学校に行った

その時はあまり覚えていない

フワフワしている気分で

親がついてきたのを覚えている

いつも通りの学校だが

机は所定の位置にあった

担任の糞教師はなにかよそよそしかったのを覚えている

弁当は無事で

ほかにも異常はない

普通が懐かしく感じた

・・・

昼休み

数人に呼び出しされた

そこに誰がいたか

頭を殴ったやつがいたのかさえ覚えていない

でも覚えているのは

私はもう心に何も残ってなくて

好きにしてって・・

無だった

恐怖もなにも感じていなかった

一番厄介な怖い奴がいた

そいつに頭をこすりつけられて

”今日学校終わったらハンバーガーおごってやる”

って言われた

・・・

・・・

数か月後

私の顔には笑顔が戻っていた

今まで無視してた奴は話しかけてくる

人間不信という感情はこのとき芽生えたが

それでもほっとした

・・・

・・・

そいつとは

高校の時

文化祭で

私の母校に来て

”金貸してくれよ~”

って言われて

”パチンコ負けたから俺に貸してくれ~”

って言ったら

1諭吉くれた

”まじか?”

って笑いながらそいつの顔を見たら

笑顔で

”俺勝ったから~持ってけよ~”

って会話が最後だ

・・・

人は

弱い

でも

いじめる方もいじめられるほうも悪いという

べたな言葉があるが

それも一理あると思う

一番かっこ悪いのは

それの周りにいる

大義名分だけ考えた大人だ

だから

いじめなんかで死ぬな

乗り越えて素敵な大人になってくれ



















ぬこにメールしてやる
PAIZA CASINO


 
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